2012年09月24日

再読「オルフェウスの窓」(ネタバレあり長文)

「オルフェウスの窓」(池田理代子)全18巻。
ドラマチックでロマンチックで、30年以上たった今読んでもためいきもの。ミステリー、複雑な人間模様、壮大なスケール、史実との絶妙な兼ね合い…素晴らしさは書き尽くせません。なんといっても、美しい絵、詩的な言葉の数々。再読して新たな発見もありました。以下、ネタバレありです。そして、個人的思い入れたっぷりで長いです。

ベルばらで有名な作者が、1976〜1981年に週刊マーガレット、月刊セブンティーンに連載したのが「オルフェウスの窓」。主人公は3人。ユリウス、クラウス(アレクセイ)、イザーク。オルフェウスの窓とは、音楽学校の伝説の窓のこと。その窓から見下ろし最初に視界に入った女性と宿命的な恋愛をする、けれどもそれはオルフェウスとエウリディケの悲恋と同じく必ず悲劇に終わるという‥。

第一部は、20世紀初頭、3人が出会うドイツ・レーゲンスブルクの音楽学校時代。第2部はウィーンでピアニストの地位を確立していくイザークの物語。第3部はロシア革命を闘うアレクセイ(クラウス)と彼を追ってロシアに潜入するユリウスの物語。第4部は再びレーゲンスブルクが舞台。…最後の最後まで、第一部の伏線が生きていて驚かされます。多くの謎が満ちていて、ぐいぐいと読ませていく。登場人物が多彩で、みんな熱い。愛する者のために命がけです。イザークは音楽に、アレクセイは革命に、情熱を捧げた人生でもあります。

これは悲劇。ゴージャスな悲劇です。殺人やら自殺やら、登場人物が次々に亡くなっていくのに、読後に感じるのは悲惨さではありません(少なくとも私は)。せつなく悲しいけれど、けっして惨めではない。命の輝きそのものの美しいシーンがいくつも思い出され、それぞれが生ききった、と納得させられてしまいます。
細やかに心情を綴られた登場人物も、死ぬときや死後の描写はけっこうあっさり(死人の数が膨大なのもあるけれど)。作者の、人生観やポリシーが強く反映されている、と感じます。
いつまで生きられるか、どんな死に方をするかなんて、誰にもわからない。何が正解か、正しいかさえも。だからこそ、命ある限り、今をとにかく懸命に、生きて生きて生きよう。恋愛にも命を燃やし尽くそう。作者自身の情熱的な生き方と重なって、強くてしなやかな人生賛歌が、全編に響き渡っています。

ユリウスは、名家・アイゼンマイヤ家当主の愛人の子。母親の遺産目当ての野心により、幼いころから男のふりをして生きてきた女の子です。金髪の男装の麗人…というと、ベルばらのオスカルのようですが、メンタルは全く違う。もうめちゃくちゃ女子です。第一部は、アイゼンマイヤ家の秘密や財産争いが絡み、ユリウスを巡るミステリー色が強い。命を狙われるユリウス自身も大きな罪を背負うこととなり、それは、最終巻まで彼女を苦しめます。

クラウスは、バイオリン専攻の上級生。けれど実は、ロシアの革命地下活動をしていて、本名アレクセイ。音楽学校時代は、明るくやんちゃで頼りになる人気者。(第3部のロシア編では、精悍で王子様的…かな)

イザークは、奨学金をもらいながら音楽学校に通う苦学生ピアニスト。温厚で才能に満ちユリウスに片思い。(根が超生真面目だからか、第二部では、少し危なげな女に惹かれる傾向が?!)

女を隠して暮らすユリウスは普段は勇ましい言動ですが、クラウスの前では恋に胸焦がす女の子。こちらが照れてしまうくらい(ああ、初恋の女子ってこんな感じだよねという…)。クラウスが後輩の男の子をちょっとかわいがるだけで、やきもちやいてしまうほど。やがて、ユリウスの人生のすべてはクラウス(アレクセイ)への愛となり、第3部の、命がけのロシア行きへとつながっていきます。

第一部が、一番、少女漫画っぽいノリで楽しい。BL(ボーイズラブ)のムードもそこはかとなく。最初は誰も、ユリウスが女の子とは知らないですしね。同時に、「イケメンパラダイス」的な、あるいは「ストロベリーナイト」的な、女子願望も満たしてくれる。ユリウスは、いつも素敵男子たちに優しく見守られています。

第一部の、というより全編通して一番の見せ場は、クラウスが学校をやめロシアへ帰る場面でしょう。

ロシア革命に身を投じるために、列車に乗りレーゲンスブルクを離れるクラウス。ユリウスは、今度こそもう二度と会えないかもしれない!と、馬を走らせて、クラウスの列車を追いかけます。落馬するユリウス。窓からそれを見たクラウスは…
"あばよ ストラディヴァリ ただひとつの兄の形見。おまえ縁があるならいつかこの腕にもどってくるがいい 今はおいていく 今はおいていく!!”。鉄橋から川へ飛び込むクラウス。絶望して泣いているユリウスの前にびしょ濡れになって現れて…
ばかたれめ…おれを殺す気か
二人は駆け寄り木漏れ日の中での抱擁。枯葉の上に倒れこむ二人。それはそれはもう〜美男美女の美しい場面です。何度もリピートして見てしまう。

窓よ くすしき恋の伝説に語り継がれた窓よ… 恋するものたちは あすをおそれず 神をおそれず 瞬きの間にも 永遠を紡ぎ 抗いに身を灼き 闇をつんざく一条の閃光をおう 白き象牙の額をしたオルフェウスよ 竪琴をかきならしいでよ
こうした詩的なナレーションや心の声が随所で挿入され、それが、作品の大きな魅力になっています。

アレクセイ(クラウスね)のユリウスに対する愛がまったく揺るがないのもすごい。彼にとって、革命に巻き込むまいと心ならずも突き放してきたユリウスだけが、“わが不滅の恋人”なのです。
祖国の熱情のほかに まだ人を愛する余地が おれの心のなかにあるのなら おれの愛は 命の最後の瞬間まで のこらず彼女のものだ…
はーっ。革命という非日常戦闘状態とはいえ、これこそ最大のファンタジーでしょう。

ユリウスはといえば…第3部では、庇護される女子そのものです。軍人のレオニードという魅力的なキャラも登場します。ユリウスってば、10年以上もロシアにいながらもっと学べよ行動しろよとつっこみたくなりますが…。それが、ユリウスのキャラなのですね。第一部のキリキリと戦うユリウスは、生来の性格からすれば相当に無理があった。第3部では、“徹底的守られキャラ”。アレクセイ、レオニードはもちろん、どんだけみんなに守られているのか!という…。ユリウスは、ただただ、アレクセイが好きってだけの毎日です(精神の弱さと過酷な人生ゆえに、ひたすら安息を求めるしか生きようがなかったのですが)。そんなユリウスだからこそ、読者は乙女萌えしやすいんじゃないか。ユリウスのような奇跡的美貌はないけれども、どこか自分を重ねられる、弱いお姫様キャラに浸って楽しめる。長い間男の子として生活してきたユリウスには女の媚びがなく、初恋のアレクセイに対し、作為なくストレートに恋心をぶつけ続けます。そして、それを、アレクセイは、最後はしっかりと受け止めて抱きしめる。“はなさない…もう決して…!”まさに少女漫画の王道中の王道です。

けれど…何しろ激動のロシア革命の時代、二人の平穏な愛の日々も長く続くとは思えない。周りに不穏な動きは満ち、ユリウスの無防備さも、危険に拍車をかけていくのです。

第一部冒頭で、ユリウスとクラウスが無邪気にじゃれ合うシーンがあり、初雪が降ります。ほのぼの場面だけに、読み返すと末路の悲劇性が際立ってきてせつない。のちに、ユリウスにとって、雪は忌まわしい事件とセットされてしまうので…。記憶喪失のユリウスが雪を怖がるたびに、読み手の心もざわついてしまう。ユリウスの精神が完全に救われることは生涯ない、と予感させられるのです。

ところで、ユリウスもアレクセイもイザークも、モテモテ。彼らに恋しながら報われないキャラがたくさん出てきます。イザークに片思いのカタリーナは、やがて万人への愛に目覚めて職業婦人の道へ、アレクセイに片思いのアナスタシアは、気がすすまない結婚をしてまでも革命活動を支えたり…。一方、アレクセイにふられて憎しみをつのらせるシューラ。「苦しむがいいアレクセイ…わたしの苦しみを思い知るがいいわ…!!」最後はまさにデビルの形相。報われない愛をどう生きるか、というのも、隠れテーマと思います。
イザークのセリフが意外とシビアです。
きわだってよい人柄のゆえに 必ずしも好きになるとも またかぎっていないんだ
なにかひとつ 魂と魂がかさなりあう わずかの切りくちがあればいい

数多いわき役のセリフの中で特に強烈だったのは、アントニーナ。貴族の娘で美しく男性遍歴も華やか。地味な妹のアナスタシアをバカにしながら、でも、どこかかなわないというコンプレックスを持っている。そして、人妻でありながら、革命運動家で粗野な労働者階級の男と激しい恋に落ちていきます。憎いのに愛さずにはいられない男。
あたしのこのなりを見てよ!! だれにも負けないほど 誇り高い侯爵家の令嬢だった女の姿よ  たったひとりの男に 心も身体も狂いぬいて あさましいほどに乱れているわ!! 娼婦以下だわ めす犬と同じよ!!

は、激しい…。

寡黙で有能な軍人、レオニードの愛もせつない。時代の移り変わりを認識しながらも、不器用に自分の美学を貫いていく男。最期の独白が泣かせます。
わたしは軍人だ 生まれたときから 戦争のために働く 戦闘バチだった
けれど… わたしの生涯にただ2度だけ 自己への抑制を失い 乱れたことがある
金色のまばゆい髪をした 異国の少女を愛し 動揺した
短い生涯の終わりに そうして人間らしく 思い悩み乱れたことを 悔いてはいない

第一部と第4部で、二度綴られるダーヴィト(音楽学校時代の友人)の長セリフも印象的。
人間と人間の ふれあいというものは あるいは 一種の幻想なのかもしれない
魂を 狂気の中へ 解き放たれずにいるためには たとえ失望し 傷つくとわかっていても 人は愛し希望し 感動せずにはいられない とどのつまり 人間の魂というやつは 傷つくようにできているというわけだ‥!

作者の音楽に対する思い入れもちりばめられています。
ダーヴィト
バイオリンをひく自分の命の一瞬一瞬を なによりも たいせつにしようと思った。たとえ 世をおおうほどの 才能にめぐまれていないにしても…だ

ヴィルヘルム・バックハウス(イザークが尊敬するピアニスト)
それぞれがちがう手を持ち ちがうピアノを弾く けれども たしかなことは きみもぼくも…ともに美しい音楽にみちて 生涯をおくれるということです

音楽は人生と置き換えられる。たとえ世を動かすような才能や才覚がなくても、ひとりひとりの生はすべて輝くことができる。「オルフェウスの窓」は、自分の日常世界とはまったく違う、圧倒的に美しい悲劇の物語。だけど、普遍的な人生の命題についても示唆を与えてくれる、少女漫画の傑作なのです。


追記
ソビエト連邦をリアルタイムで知らない人も読んでほしいなあ(高校の副読本とか)。暴徒化した群衆の恐ろしさも、ちゃんと描かれている(けっこう辛い場面)。“うまく外交をおこなっていくためには あいての国がなにをのぞんでいるかを 慎重にみさだめて動くことだ“…なんてセリフも妙に心に残っています。ときに、外交や政治に非情はつきものだという現実。それでも理想を失わない生き方とは…などなど、考えさせられます。

追記
ベルばらを踏まえてのオル窓はこちら



この記事へのコメント
こんにちは
たまたまたどり着きました
「18巻」って表記があるのはマーガレットコミックスで読まれた…って事ですよね
愛蔵版やら文庫とか、色々出てますけど私はマーガレットコミックス版が好きです
内容に変わりはありませんが…
まだ、各巻に「……の巻」とか付いてた頃ですね
その後は巻数だけになってしまいましたけど
私は週刊マーガレットの連載中から読んでいましたが、その週刊マーガレットも今や週刊ではなくなり、2部以降の月刊セブンティーンは休刊(廃刊)になってしまいました
私は2部の途中くらいから読むのが辛くなってしまったダメな読者でした(最後まで読みましたけど)
「オルフェウス…」完結後の作者はレディースコミック方向に行ってしまって、ますます追いかけるのが辛くなってしまったダメな読者でした
当時のレディースコミックは今のレディコミとはまたちょっと違ってましたけど
なので私は「オルフェウス…」は1部に特に思い入れがあります
3部の冒頭でユリウスとクラウスが駅ですれ違っているのに気付かず通り過ぎてしまうシーンが 後からせつなく思ったりしました
ついつい色々思い出したまま書いてしまい、なにが何だかわからない書き込みになってしまってすみません
Posted by at 2012年11月16日 17:20
コメントありがとうございます!
オル窓は、愛蔵版で一気に読みました。リアルタイムの連載はよく覚えていないのです。
実家にあるはずだーと思ったのですが、みつからなくて、友人に初版のマーガレットコミックスを借りて再読しました。(その友人はべるばらもおにいさまへ‥も持っている)
私も1部が大好きです!絵が美しいしロマンチックですし‥!ジャンピングハグ!のシーンは特に美しい〜映画のようです。
当時は作者に思い入れは強くなくベルばらもあまりはまらなかったくらいなんですが‥。今はベルばらを読んで、オスカルのツンデレかわいさぶりに驚愕しております。ベルばらからオルフェウス1部くらいが、作者の少女漫画家としてのある到達点だったんじゃないかなあ‥と思えます。
3部以降はせつないシーンが多いですよね。涙‥。でもその悲劇性が、またおる窓の醍醐味かなとも思っています。

当時の少女漫画が懐かしくて少しおいかけているのですが‥。筆を折られた方もたくさんいらっしゃいますね。レディスコミックの黎明期で、少女漫画で一線にいた人が、官能シーンが売り?、内容感動今一つ?の漫画を描いてらっしゃるとすごく残念だったりして‥。今は、大人女性向けの漫画もバラエティに富み、すごく質の高い作品が多々ありますが。当時、レディコミはちょっとなんだか‥って気にさせられたりもしました。
昔の少女マンガは楽しいですよね!いろいろ読み直していきたいです。友人から借りたりもしています。年季が入ったマンガ本が多く、歴史を感じます。今読むと、感じ方がまた違ったりして、それも興味深いです。
Posted by Kei at 2012年11月16日 17:59
やっぱりkeiさんの おっしゃる通り、3部以降のユリウスは完全に「守られキャラ」になってますね…
非常に不安定ながらも運命(?)と戦っていた1部とは別人のようです
連載中に絵柄が変わっていったこともありますけど、1部の鋭い視線は なくなって 焦点の定まらない^_^;ぼぉ〜っとした表情が多くなりました
ほぼ同時期に『りぼん』で一条ゆかりさんが「砂の城」を連載されていて、この主人公ナタリーがまた、ホントに周りの人間に頼ってばかりの自分からは 一切なにもしないヒロインで激しくイライラしました
『デザイナー』の亜美みたいな強いヒロインが好きだったので、早く『砂の城』は完結させて『5愛のルール』の2部を描いてくれ〜っと思ってました
『オルフェウスの窓』は登場人物が多くて それぞれキャラが立っているので、いくらでも外伝が描けそうなのに、レディコミ方面に行ってしまったのが残念です…
あの頃のレディコミって なんだったんでしょうね^_^;
不自然に大人の女の漫画をねらい過ぎたんでしょうか?
Posted by at 2012年11月18日 14:33
ぼーっとした表情!まさに〜(^_^;)よくまああれでアレクセイのもとに辿りつくまで無事だったと‥。レオニードが我慢強かったからよかったものの‥!? 
昨年「砂の城」「デザイナー」、友人や同人誌仲間と回し読みしました。砂の城のナタリーせっかく両想いになったのに、不安でいっぱいいっぱいになり最期は逝くという‥。読んだ友人の一人は「16歳年の差くらいなんだ!」と。確かに今ならそうですよね。デザイナーの亜美はすかっとするキャラでかっこよかった。ラストの、パリで1から勉強しなおすおかあさんの姿が印象に残っています。「5愛のルール」!確かにそんな作品がありましたね!今度チェックしてみます。
池田理代子氏は、オル窓のキャラのサブストーリー描くのはもうきつかったんでしょうね。オル窓を自分にとっての最期の少女マンガと話していますし‥。少女マンガのノリ、を持つことはもうできなかったんだろうなと思います。
当時のレディコミは、大人の恋愛を描く=安っぽいエロシーンを入れることと、編集者が勘違いしていたように思えます。きっと男性編集者の意見‥。レディコミに移っていった少女漫画家たちは、大人向け漫画に活路を見出そうとしたと思うのですが。少年漫画と劇画の関係のようには、大人女性向け漫画はいい感じに発展しなかった。女性の方が、漫画に求めるものが、男性より幅が広くて焦点の絞り方も難しかったのかも。昔のレディコミの、軽く読めるエロ入り漫画主体って‥うーんずいぶんと読者を大人女性向け漫画をナメているじゃないかと気分悪くなったことを思い出しました。
Posted by kei at 2012年11月18日 23:19
偶然みつけました。懐かしいです。オルフェウスの窓は週刊マーガレットの連載で読んでました。第2部〜第4部はいとこのお姉さんが持っていた月刊セブンティーンを時々見せてもらう感じで、半分読みとばすように読んでました。一番思い入れがあるのはやはり第1部でした。オスカルよりもユリウスに共感した覚えがあります。護身用と言ってナイフを所持していたり、ベッドの父親の首を絞めかけたり、ブラックな感じのヒロインが好きでした。
第3部のユリウスはもはや別人、駅でのすれ違い、記憶喪失等の韓国ドラマも真っ青の展開に読んでいて引いてしまいましたね。池田先生、このキャラの処遇に困ってしまったの?と思いながら消化不良的な感覚を持ったことを覚えています。まず記憶喪失がいかん、第1部でそれなりに戦っていたアイデンティティーがすっかり失われてしまったことである意味ここでキャラを殺してしまいましたね。第3部ではユリウスは捨てキャラに落ちてしまった。せめてレーニンかアレクセイをかばって死ぬとかそんな展開のほうがマシなんて思ってました。(それではオスカルと同じになってしまうが)
第4部のラストも納得いかないなあ。因果応報ってこと?ヤーン先生殺害は完全に正当防衛だし、アネロッテにしても殺らなきゃ殺られてしまったでしょう。ずっとスッキリしなかったですね。
多分自分が悪人をバリバリ殺してあとはスッキリみたいなアメリカ映画に慣れすぎていたせいだとは思いますが。
Posted by 黒文鳥 at 2013年01月21日 19:12
コメントありがとうございます!

そうですよね!第1部がなんといってもよい♪冒頭のユリウスがクラウスをぶんなぐろうとするシーンとか大好きです。躍動感があって、でもベルばらと違って全体的に暗いトーン。その暗さがまたよかったです。それにしてもアネロッテ、恐ろしいキャラでした。がそれもとてもおもしろかった。
混とんとした未来不透明な10代の心がぶつかり合う感じも好きです。ミステリーもわくわくして、よくまあこんなストーリー考えられるなあと。すごい知識量に裏打ちされているんだろうなと感服。
第3部は確かにユリウス別人ですね。他のキャラも、その後の池田理代子作品の劇画に近いタッチに…。アレクセイの子どもの頃のお話は好き。クラウスのやんちゃで人気者っていうキャラは、生まれつきなんですね。
ベルばらは、オスカルとアンドレが革命の中で生きている感じが生き生きと感じられたけれど、ユリウスはまったく‥。ユリウスはクラウス好き以外にロシアに思い入れはないから、革命を描くためのキャラとしては扱いはかなり難しそう。池田先生は、ユリウスの最期をちゃんと決めていたくらいなのに、第3部のユリウスはどうするのかあんまり考えていなかったのかなあ‥。
第4部はまとめの章という感じですが、ちゃんとお話を完結させてくれたことには納得です。こういうふうにオチをつけたんだあ、と。
ベルばらにしろオル窓にしろ、舞台は革命期ですが、革命後の社会の悲惨さを思うと、そこまで主人公をひっぱって生かし続けても、うまくお話を続けていくのは難しいんでしょうね。
ベルばらに比べてオル窓は、どこか消化不良な感じも残るけれども、そのひっかかる感じがまたいいとも思います。
記憶喪失にならないユリウスの物語、っていうのもみてみたいですね。
何度も読み返すなら、やはり第一部。
気になると言えば、第二部のクララはどうなったんだ〜。イザークはその後もずっと一人だったのか?とか。一番怖いのはユリウスママだなやっぱりとか。いろいろと想いはつきません(^_^.)
Posted by at 2013年01月21日 21:27
なぜ 作者は イザークにピアノを弾けないようにしたのでしょうね

本編最大の悲劇

胸が張り裂けますね

でも、彼から 音楽を愛する心までは奪わなかった 

彼の心から 音楽が消える事はない
最大の幸福が奪われる事はないのです

報われない愛をどう生きるかというサブテーマにおいて
音楽を思う心は 大きな意味をなすと思います

音楽を思う心 それが奪われてしまうという事は
ドラマにもならない 人にも言えない 感動もない
どうしようもない事だと思います

そのような事を考えながら 名作 オルフェウスの窓を
人生の第3コーナーで読み返しました

それにしても、若くして、どうしてあそこまで深く
人を見て描く事が出来るのでしょう 凄いですね









Posted by meera at 2017年06月15日 20:28
meeraさん コメントありがとうございます!

イザーク編やイザークにまつわるエピソードは、
作者の音楽に対する思いがあふれていますね。のちに音大受験されたのもうなづける。

たしかに、報われない愛は、人間だけが対象とは限らない。

作品全体から、作者の、とことんドラマチックなオペラチックなお話を書きたいという創作魂を感じます。そのためなら、とんでもない悲劇の積み重ねもむしろ作者としては快感?? 音楽は人生に欠かせない作者だからこそ、それがなくなったとき人(←根っから音楽家の)はどうなってしまうのか。それを描こうと思い至ったのではと思います。
Posted by kei at 2017年06月16日 21:22
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