2016年08月14日

「君はどこにでも行ける」(堀江貴文)を読んで

堀江本、どれもとても売れているようです。今なら新書「99%の会社はいらない」とか。
彼の逮捕騒ぎのとき逃げ足早かった取り巻きたちは、今頃ほぞを噛んでいることでしょう。それを思うと、人知れず悦に入る黒い私です。
いえ、特に彼のファン、というほどではありません。でも、彼の存在は痛快。こんな風に日本で生きている人がいるというだけで、気持ちが救われる。堀江氏が語る「好きなことを好きなだけやる」生き方しようという主張には、年齢を重ねるほどに強く頷けます。

この本を読んだのは、堀江貴文氏とヤマザキマリ氏の対談部分目当て。私はヤマザキマリ氏が作品もエッセイも大好き。生き方の指針が似てそうなお二人対談が盛り上がらないはずない、と確信していました。
対談の章のタイトルは「ブラック労働で辛い日本人も、無職でお気楽なイタリア人も、みんなどこにでも行ける件」。
社会にそぐわない生き方は良くない、我慢して真面目に働くことこそ正義…そこから解き放たれることで日本人は随分幸せになれる。100年くらいかかりそうというヤマザキ氏に対し、若い層は10年で変わるという堀江氏。
「日本には、まず社会に認められない人間はダメなんだという暗黙のルールがある」という、冒頭でのヤマザキ氏の言葉が心に残りました。
社会=世間で、世間とは実体のないもの。義務教育、進学、就職と人生を歩み、結婚し親となり家庭を築き、すべて滞りなく人生をまっとうし…って枠に沿って、人を判断し値段をつける。他人からの値段付けはコントロールできないしなくすことは不可能だけれど、それより深刻なのは、その枠を基準にして自分自身に値段をつけてしまう習性が私たちを辛くしていること。
自分は世間にokと認められる範囲におさまっているかどうか。「正社員」「既婚」「子供を持つ」あたりが代表的なもので、それが満たされないと親不孝の言葉に自責される。
(「とと姉ちゃん」の台詞でもありましたね。「結婚して一人前」「そうでなきゃ親は死んでも死にきれない」「親ならみんなそう思ってる」。脚本家の確信犯的な台詞でした。)
今の時代多くの人が「人はそれぞれ生き方がある」「自由に生きていい」と言うし、本当にそう思っている。でもいざ自分のこととなると…。
その思考から完全に解放されるのは難しいけれど、そうしなければ生き難い人が日本には大勢いて、そういう人を堀江貴文氏やヤマザキマリ氏の言葉は元気づけてくれます。
機嫌よく人生楽しんで生きること。誰もができる、一番の社会貢献なのは間違いない。

堀江氏が語る「なぜ、日本の飲食店のレベルが高いのか」という話も面白かったです。確かに、誰もが参入しやすい業界かもしれないな。
それにしても初版が今年の3月末。なのに、時代の変化スピードが速すぎて、すでに今の状況にそぐわない部分もあるのが驚きです。
人生もたもたしていると、寿命があっという間にきちゃいますね。


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