2012年08月05日

”辛い”子どもたちへ

朝日新聞で「○○○られている君へ」という、子どもたちに向けた連載があるけれど、ちょっと違うかなあと感じたりする。

上手にできなくていいから支離滅裂でいいから、「自分は辛い」って気持ちは、出さなきゃいけない。子ども時代の辛抱とひたすら耐えても、平気なふりして過ごした記憶は、大人になってからもずっと自分の心を苦しめるから。自分の辛さをわかっているのは自分だけだ。

世の中のあらゆる場所に邪悪な人はいて、しかもけっしてわかりやすい悪役キャラじゃないから面倒だ。彼らは、“いためつけても大丈夫な相手”を本能的に見抜き、巧妙に意地悪をする。それは本当に神業のような芸当で、近づけばたちまち毒気にやられてしまう。

でも長―く生きていると、世の中には、それ以上に、美しい心の持ち主が大勢いるとわかってくる。もちろんどんな人の心にも黒い部分はあるだろうけれど、“心根のいい人たち”が相当数いるのだ。彼らとふれあい生きることで、人生はすばらしくHAPPYになる。

のびのびとした心で暮らすことは、生きる上で最も大事なこと。それができない状況は、人生最悪最低。こんなのたいしたことないと、ごまかしちゃいけない。まず、心の中で、今自分がどんなに辛いのかをはっきり認識する。そしてどうにかして、その心を表現することが大切と思う。うまく説明できなければ、ただただ泣きわめくだけでもいい。それが、幸せに生きるためのレッスン。自分の心のやわらかい部分を平気で傷つける人は、思い切り憎み、けっして許さなくていい。心ゆくまで相手の不幸を願ってもかまわない。実際に手をくだすことと心の中で思うことは別だ。

昔はインターネットなんてなかったけれど、誹謗中傷ビラをこっそり配布したりして、匿名で卑怯なことをする人間はいた。誰だって、人を憎んだとき、相手をいためつけたいという衝動に激しくかられる。けれど、ほとんどの(あなたの人生で関わっていくべき)心根のいい人たちは、けっしてそんなことはしない。ビラをまかないし、ネットに悪口も書かない。軽蔑する人のことを思って過ごす時間と労力が腹立たしくばかばかしい、と気付くから。

自分のことを明るく照らしてくれる人の中で生きていく。そのために、子ども時代から、「辛い」という気持ちを出す練習は必要だと思う。それは場数をふめばふむほど上手くなるから、滑稽だったりかっこ悪かったりしても、全然気にすることはない。”自分なりに闘った”という思いは、人生の大きな支えになる。
posted by kei at 19:28| Comment(0) | 辛い子どもたちへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
検索